大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(う)1083号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人角田義一、同高野典子共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用するが、所論は、要するに、量刑不当の主張である。

所論に対する判断に先立ち、職権で検討するに、原判決は、罪となるべき事実第一として、被告人は「同日(昭和六三年三月一日)午後一一時三〇分ころ、被告人方車庫前まで運転走行させた自動車内において、同人(A)に対し「遺書を書け」等と申し向けながら、運転席の右Aに対し、その後部からロープで同人の頭部をヘッドレストに縛り付け、同人の上半身に用意したポリタンク入りのガソリン約一〇リットルを浴びせるなどして同人の生命に危害を加える気勢を示して脅迫し、点火したシガーライターを右口元に押し付け、右手拳で顔面を数回殴打するなどの暴行を加え、その後、更にロープで両手を縛り、ガムテープを口に貼る等して翌二日午前三時ころまで同人を右自動車内から脱出を不可能ならしめて監禁し、よって右一連の暴行により同人に対し、全治一か月間を要する上半身、両大腿第二度熱傷、左額、右口唇打撲及び右頬第二度の火傷並びに両手首、頸部索状うつ血斑等の傷害を負わせた」と認定判示し、一方、法令の適用の項において、右原判示第一の所為中、脅迫の所為は刑法二二二条一項に、傷害の所為は同法二〇四条に、監禁致傷の所為は同法二二〇条一項、二二一条に各該当し、右各罪が刑法四五条前段の併合罪の関係に立つとし、これを前提に最終的な処断刑を形成している。そして、原判決における右のような原判示第一の事実摘示と法令の適用とを対照してみるに、事実摘示においては判文上監禁の手段として行われた暴行又は脅迫がいずれであるのか、また、監禁の手段としてではなくいわゆる腹癒せ等のためにAに加えた暴行又は脅迫がいずれであったのか明確ではなく、更に被告人の加えた暴行と傷害の結果についても、判文上「よって右一連の暴行により」Aに対し原判示のような各傷害を負わせたと記載するのみで、同人の負った傷害のうちいずれの傷害が監禁の手段たる暴行によって生じたのか、あるいは監禁の手段に当たらない暴行によって生じたのか示されておらず、この点包括的な判示にとどまっているとみられる。しかるに、法令の適用においては、罰条を適用するに当たり、単に脅迫の所為、傷害の所為、監禁致傷の所為と掲げているだけであることから、原判示第一の事実摘示が右のように包括的ないし明確を欠いていることと合わせて、原判示第一の事実において認定判示した被告人の所為のうちどの範囲のものがどの罰条に該当するのか、原判決においてはこの点明示がないことに帰する。のみならず、原判示第一の事実摘示においては右のようにいかなる暴行によっていかなる傷害が生じたか明示されていないことから、原判決が法令の適用において傷害の所為として掲げるものは原判示の各傷害を生じさせた原因行為全部を含むと解する余地もあり、もしそうだとすると、原判決においては、監禁の手段として加えた暴行により傷害の結果が生じたことにつき、監禁致傷罪の成立を認めながら、その傷害の部分につき、その余の暴行によって生じた傷害と合わせて別個の傷害罪の成立を認めたことになり、一個の行為に対しこのような二回的な評価をし、両者が併合罪の関係に立つと判断することが許されないのはいうまでもない。

以上から、結局、原判決においては判文上罪となるべき事実第一の摘示が明確さを欠き、法令の適用と対照してどの事実に対しどの罰条が適用されたのか明らかになっていないことに帰するから、刑訴法三三五条一項に反する訴訟手続の法令違反があるものといわざるをえず、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、所論について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、控訴趣意に対する判断は省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、知り合いのA(昭和二七年五月二〇日生)が現に家出中の被告人の妻B子と不倫な関係にあり、同女が家出するにあたりAがアパートの一室を借り受けてやったりしたものと思えたことから、同人に対し憤激の念を抱き、昭和六三年三月一日午後一〇時三〇分ころ、群馬県邑楽郡邑楽町《番地省略》飲食店「甲野」の店の前に右Aを呼び出し、同人が運転して来た普通乗用自動車内に乗り込んで、妻との関係を問い詰めたりした後、同人に運転させて右自動車で同県館林市朝日町《番地省略》所在の被告人方に至ったが、

第一  Aの身体にガソリンを浴びせ掛けるなどして、うっ憤を晴らすと共に、同人に妻との関係を断ち切らせたいと思い、同日午後一一時半ころ、右被告人方車庫前に停めた右自動車内において、前部座席に座るAに対し、その際用意していたロープを同人の後方からその前頸部に回して引っ張り、同人の首と座席のヘッドレストとの間にロープを二回りさせて、その頸部をヘッドレストに縛り付け、次いで、同様に予め用意していたポリタンク入りのガソリン約一〇リットルを同人の上半身に浴びせ掛けるなどの暴行を加え、その間「遺書を書け」と申し向けるなどしながら、これらの行為は同人の生命に危害を加えるために行っているものだという態度を示して脅迫し、その後、右自動車備え付けのシガーライターを熱して、その電熱部を同人の右頬に二回ばかり押し付け、また、右手拳で同人の顔面を数回殴打するなどの暴行を加え、更に、その直後、すでに右のように頸部を座席のヘッドレストに縛り付けられてほとんど身動きできず、かつ、畏怖している同人をそのまま車内から脱出させないでおこうと考え、同じく用意していたロープを用いて同人の両手首に縛り合わせ、ガムテープを同人の口の上に貼り付ける等の暴行を加えて、そのころから翌二日午前三時ころまで同人を右自動車内から脱出を不可能ならしめて監禁し、その結果、同人に対し、右両手首を縛り合わせた暴行によって両手首索状うつ血斑の、右その余の一連の暴行によって上半身・両大腿第二度熱傷、左額・右口唇打撲、右頬第二度の火傷及び頸部索状うつ血斑の傷害(総合して全治約一か月間を要する程度)を負わせた

第二  酒気を帯び、呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する状態で、同月二日午前四時ころ、同市つつじ町六番一三号付近道路において、右普通乗用自動車を運転した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為中、脅迫の点は刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に、傷害の点は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、監禁致傷の点は刑法二二〇条一項、二二一条に各該当するところ、監禁の手段である暴行によって生じた傷害は、両手首索状うつ血斑であり、その余の傷害は主として監禁の犯意が生じる以前に生じたものと窺えるが、頸部を座席のヘッドレストに縛り付けておくという状態は監禁の犯意が生じたのちもその手段の一方法として続けられており、頸部索状うつ血斑が監禁の犯意に生じる前後いずれに生じたか不明であり、しかも、判示暴行は、自動車内で、同一の動機に基づき同一の機会に時を接してなされた一連不可分的な行為であって、監禁の犯意の発生の前後によって法律的評価を異にするとはいえ、社会的な現象としては一個の行為として把握すべきであり、また、判示脅迫もその際の暴行と一体的な関係に立つものであるうえ、監禁の犯意の生じた後は、それ以前の脅迫により被害者の畏怖した状態にあるのを利用して監禁を継続したものといえるのであるから、以上は結局、脅迫罪、傷害罪及び監禁致傷罪の包括一罪と解するのが相当であり、同法一〇条により監禁致傷罪の刑で処断することとし、判示第二の所為は道路交通法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三に該当するので、判示第一の罪について刑法一〇条により同法二二〇条一項所定の刑と同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号所定の刑とを比較し、重い傷害罪について定めた懲役刑(但し、短期は監禁罪の刑のそれによる。)で処断することとし、判示第二の罪について所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、但書、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、以下の情状、すなわち、本件が事前にガソリンなどを購入準備したうえ被害者にガソリン吸入により生命にも危険を及ぼすような重大な結果をも生じさせた執拗かつ悪質な犯行であることを考慮すると被告人の刑責は重いけれども、他面において、被害者にも責任の一端があること、被告人も被害者にガソリンを浴びせることによりこのような重大な熱傷を負わせるとは予期していなかったこと、被害者との間で示談が成立しその宥恕を得ていること、被告人には前科前歴もなく、本件により長年勤務した鉄道会社を退職したこと、原判決後妻とも協議離婚をし気持の整理をしたことその他家庭状況などの諸事情を被告人のために十分斟酌したうえ、被告人を懲役一年に処し、刑法二一条を適用して、原審における未決勾留日数中一六〇日を右刑に算入することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 松本時夫 山田公一)

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